少年愛之美学

守備範囲がやや広めの腐女子による鑑賞と思索。

手塚治虫『MW』、と罪に勝るアガペー、それから少し人文学分野の意義について

手塚治虫の作品『MW』について記事です。手塚氏には珍しく同性愛もので軽くホモセクシャルの濡れ場もあり少年愛的場面もあり。『火の鳥』『ブラック・ジャック』『鉄腕アトム』『ブッダ』などの名作を生み出された漫画の神様の隠れた? 名作。

あらすじとしては、南方の某島で駐留外国軍の化学兵器「MW」と呼ばれる毒ガスが漏れて全島民が変死、地獄絵図を目の当たりにした二人の少年の波乱に富んだその後を描いたもので、一方の結城美知夫は毒ガスで心身を蝕まれ、美貌と頭脳を利用して復讐と称したサイコパシックな犯罪を繰り返し、一方の元チンピラ少年賀来巌は神父となり結城の救済に生涯を懸ける。

一言で言ってこの作品は、同一の事件に人生を狂わされた運命共同体の二人の男のメリバ譚です。
MWが島に蔓延する前夜、賀来は自身の所属するチンピラグループの人質となった梨園の子息美知夫の見張り番として、島の洞窟で彼と一晩を過ごしますが、美知夫が余りに美少年だったので思わずキスをしてしまう。成人後の二人の会話からは、その夜それ以上のことがあったことが窺えますが、まさにその夜にこそ二人の運命は悲惨な形で結ばれてしまったと言ってよく、美知夫がMWに侵された後二人で本土に帰って一方は神父に一方はエリート社会人となるわけですが、二人はホモセクシャルな肉体関係を持ち続け、殺人を犯しながら「MWを見付けだして世界中にばらまく」という計画を着々と達成に近付けてゆく結城を、賀来は複雑な葛藤の中で見守っている。
なぜ葛藤があるか、それは神父であり善良な市民であり人間である賀来が、愛してはいけない人間を愛してしまっているからで、まずキリスト教の神父であるという立場から悩ましいのが、男性である賀来が男性である結城と肉体関係を持っていること。衆知の通りユダヤ教キリスト教聖典である『聖書』は男色、具体的には男性同士の性的接触を罪としています。余談ですが神の使いである神父がゲイバーに出入り! というスクープをレズビアン記者が潰すという、反同性愛差別的な啓発の要素が見受けられますが、この辺り手塚氏は前衛的だなと思いましたね。また余談ですが、芸が細かいなと思ったのが、オスカー・ワイルドの小説『サロメ』におけるビアズリーの挿し絵がパロディーされていて、キリスト教のムードが際立っていたり、ワイルドから同性愛が連想されることが巧く利用されていたりしたところですね。大いに話が逸れてしまって申し訳ないんですけれども、ともあれこの件に関しては、つまり男色に対する宗教的罪悪感というのは、聖書のご愛敬的な部分と愛の絶対性と言う論でもって実は一応の解決をしている。そんなことよりも決定的にまずいのは、結城が殺人鬼であること、それを賀来は知っていて黙っている、のみならず結城を守るために荷担までしてしまっていることなのです。これは正当化の余地がないわけです。でも賀来は結城を警察に突き出すことができない、それは彼が結城を愛してしまっているためであり、最終的に自分の存在価値というか使命、宗教的なミッション、というのは実にその身体をもって、愛する結城を罪から救済することなのだ! とでも悟ったかのような、行動に出るのです。
哀れな罪人ユダと罪を贖うキリストという、否応にも『トーマの心臓』彷彿とさせる構図……いや、これ以上は言えない。
ラストは壮絶ですよ。ネタバレになりますから詳しくは申し上げられませんけれども本当に壮絶です。胸の奥がキュッとなる。

物語自体のテーマとしては、これは冒頭に挙げさせていただいた四作品とかそれだけでなくとも手塚氏の創作全体の大きなテーマともなっているものであると思いますけれども、やっぱり「人間や生物全体の自然な姿と科学技術との葛藤」というのがあると思います。文庫版の花村萬月さんだったかな? による解説で、手塚治虫さんの功績というのは、そういった人間が今切実に考えなければならないテーマを学術論文ではなくエンターテイメントに託してより多くの人向けてに発信したことだとありましたけれども、本編とは直接関係はないのですがなるほどこの辺りに漫画や文学や絵や音楽や演劇といった、「人文科学」分野の価値があるんじゃないかと私は思ったんですよね。昨今、大学の人文系を縮小するのどうのと騒がれていますけれども、GDPが上がって国が良くなるんだったら世の中苦労はないですよ(怒)。生産にだけ勤しんで意識変革というのをしなけれはあらゆる問題の解決の糸口は無い、そしてその大衆の意識変革の手段を探るというのが漫画を含めた人文系分野の意味なんじゃないかと。理想論ですかね。

ところでこの『MW』は実写映画化も済んでいて、結城が玉木宏さんで賀来が山田孝之さんという配役だったのですが、これは声を大にして言いたい、マジでハマり役! 代わりに文字を大にして言いました。まあ山田さんが少々綺麗すぎたかなっていうのは、もう少し賀来はイモ系で良かったかなとは思いますが、それでも充分でしたし、特に玉木さんの顔の骨格はマジで結城、というか結城の頬の痩け方が既視感あるなと思っていたら実写が玉木宏さんだったんで「これだ!」と感激したという。スポンサーによるNGとかで直接的に同性愛関係が表されなかったのは残念ですが。

手塚作品は他にも『どろろ』とか『アドルフに告ぐ』とかBJ×如月先生もギリそうかな、腐女子として或る側面を楽しめた作品が幾つかありますのでまたの機会にお話しさせていただきたいと思います。

 

MW(ムウ) (1) (小学館文庫)

MW(ムウ) (1) (小学館文庫)