少年愛之美学

守備範囲がやや広めの腐女子による鑑賞と思索。

百合BL問題、とA感覚論で見るジェンダーについて

昨日Twitterで大炎上した「百合BL問題」について、私なりの解釈です。一番賛成なのは「どうでもいい」という意見ですが、何事も諍いを無くすには誰もが納得のいく説明が必要ですから、優しい世界を作りたいeikouは何とか穏便に説明できないかと試行錯誤してみました。

 

事態の説明。

このツイートで、「百合BLって何!?」「百合厨への検索妨害!」「受動=女性とは性差別!」「どうでもいい」等々様々な議論が引き起こされたわけですけれども、百合界隈の方々がお怒りなのも解る、BL界隈の方々の混乱も解る、ただ所謂百合カプBL厨である私は「百合BL」なるものの市民権を得たいと思ったのです。

 

結論、一言で申し上げるとこの問題は当ブログで何度も引き合いに出させていただいている、稲垣足穂氏の「A感覚とV感覚」を参考にすれば説明が付くと私は考えます。以前「Aを開放した(A的感覚を自覚した)男子は希有」というリリカルな少年やゲイでないBLのファンタジー性についてお話ししたことがありますがここで詳しい説明が一緒にできると思います。

 

以下私の理解するところのA感覚論とは何かというのを、タルホ氏の定義と、そこから私が推測したものや付け加えたもの(★)で以て軽くご説明したいと思います。

・代表的な表記はA=anus、V=vagina、P=penis、K=clitoris(本来Cとされるべきだが本文ママ(たぶん)。ラテン語とかだったりして)、O=oralなど。
・AO円筒=AからOに抜ける無底の空間、宇宙。したがってAは宇宙への入口である。
・ここでの宇宙とは宇宙秩序=真理という形而上的な概念を含む★

・A感覚など上記記号を用いた「○感覚」という表現は、身体的にその部位で受ける感覚・性感のみならず、その部位・感覚の性質が暗示する一般的事象を示すことがある
・V感覚はA感覚の派生
・PV二元論が今日のジェンダー観、即ち男か女かとか男性的=能動、支配、攻撃か女性的=受動、従属、受容とかいう縛り★
・P感覚=男性優位(能動)意識であるが、P感覚は所詮V感覚の裏返しであり取って付けたようなものである

別の記事でこういったことを書かせていただいたことがあります。

現代社会において男性は能動的存在、陰と陽で言うと陽的存在なわけで、これをP意識と呼ぶとすると、現代において男性とはP意識を社会から無意識のうちに強制された人間を差す概念であるのです。その「男性」は社会の中でも無意識に自らにPとしての義務、能動的存在たる義務を課しますがこれは自ずと義務のみならず権利をも自らに許すことになり女性への差別・区別意識などにさえ繋がっています。

BL界の鬼才はらだ、とBLの社会的意義について - 少年愛之美学

社会的性差、男はこうあるべきだ、女はこうあるべきだという固定観念のことですが、これはどうしてもあると思います。性差別からの解放が謳われる現代ですが男女区別の善悪は問えない、寧ろ仕方がないし自然なことだとeikouは思う。なぜなら生物学的男女の区別は生殖における潜在的能力の区別、つまり一種の能力のカテゴライズだからです。適材適所という言葉は理にかなっているし、実際個人差はあれど妊娠出産には一定の期間を要し、他と全く同じに扱っていたら社会の中で混乱や停滞が生まれてしまいます。だからその差異を踏まえた上で、最善策を模索していくしかないでしょう。

話が逸れましたがこれをA感覚論で説明すると上記のようにPV二元論となりますけれどもその言い方はこの固定観念が根本的でないということ、そしてPもVも本来はAという同一の感覚に帰すものであるということを示す言い方です。即ち、男らしさや女らしさというも所詮暫定的で後付け的価値観に過ぎず、男女の間に実質的に二元的差異は無いということになります。この辺りは現代主流となりつつある見方と合致すると思います。

 

ひとまず男性に限ってお話しすると今は社会の一員として生まれた瞬間からPの役割を教え込まれてその価値観の中で人は育つ故に,Aに気付く間もなくPへと自然と意識が向かされてしまいますから、男子が自らのA的部分を自覚する契機は排便か肛門の性的行使のみとなります。(まあ女性についてもだいたいこんなものでしょう。)そういうわけで、後者を端緒に全存在の一元性や平等性という或種仏教的考えに至るためにも、ジェンダーの課題としてBLを読んでみるというのは如何でしょう? というのが上の引用記事の全体の内容です、ちなみに。

 

生物学的性を一度全て取っ払ってみて、その上で、二人の人間の関係性としてPやVを割り当ててみる。「P=能動、支配」、「V=受動、従属」というのを基準にそれをやってみる、そうした時、生物学的性に関わらず、BLGLNLトランス異性装両性具有などに関わらず、攻め=P、受け=Vと置くことができる。

ここで百合BLについて話を戻しますけれども、Vを行使するまで行かない初々しい「百合」行為の代表というか象徴というかは、いやおっぱいもそうですけれど、もっとより核心を突いたもの(高度なシャレです)がKの相互的慰撫であります。Kは何を象徴するかと言いますと、Vの一部ではあるけれどPを暗示させるものでもあり一つを除いて何の意味も持たないという取り残されたメリーバッドな哀愁がある。タルホ氏もこの「K感覚」について、「幾分の感傷を持った」と表現されています。
そして受×受BLとは、両者とも「受け」という従属的性質をほぼ対等に持ちながら遠慮がちに互いの(比喩的なまたは文字通りの)K的Pを慈しみ合う関係性ですよね。
百合BLとはまさにこの「相互にK感覚を保有したBL」のことではないかと、とどのつまりこれが私の「百合BL」に対する見解となります。

 

百合カプすごい好きなんですがこの言い方だと不本意に怒りを買うようだし結構通じないようですね。なんと呼べばいいんでしょう……困った……とりあえず『百合BL』は買いですね。

百合BL (Charles Comics)

百合BL (Charles Comics)