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少年愛之美学

平和主義の腐○子による鑑賞と思索。思い付いたまま書き散らしている。

世阿弥萌え、足利義満×世阿弥と男色から生まれる美意識について

今回は能の話です。伝統芸能の能狂言の能で合ってます。能とは田楽など民間芸能が発展し室町時代観阿弥世阿弥父子が大成された芸能と言われていますが、eikouの中では能に対する萌えというのはまずこの世阿弥さんという方に起因します。

世阿弥さんは日本史の教科書に登場する人物たちの中では天草四郎と列び美少年という伝説を持つ方々の代表格だとeikouは勝手に思っているんですが、というか私の中では蘭丸君などをさしおいて日本史上のベストオブ美少年なんですが、幼少時代の彼はかの連歌師二条良基も称えたという美貌を持っていたとの記録があり、その上御存知の方も多いでしょうが世阿弥君の美しさにやられてしまった殿方の中で最上級のVIPに足利義満が居るんですね。しかも世阿弥が1363年頃生まれ義満が58年ですから約5歳差じゃないですか、出会った当時世阿弥君は11、12ですから義満は16、17ですよね、美味しすぎませんか。こうして当時絶大な権力を誇ったセレブに認められ芸能として保護されたことで俗芸であった猿楽のステータスやグレードは上昇し今日の能の繁栄に繋がったわけですが、山田風太郎の時代小説『婆娑羅』にはこの義満と世阿弥の関係が描かれていまして、これが最高に萌えますのでご興味あれば是非ともお読みいただきたいです。序盤から女体とか美女の描写がキツいところがありますが全てはクライマックスの美少年の絶対的美に至るための前振りですから、二人の美童の折り成す壮絶にして至高のエロスのためにどうか耐えていただきたい。多分にフィクションなんですけれども事実とさして変わらないだろうと願望半分確信半分でeikouは思っています。

要するに義満と世阿弥は性的関係を持ったのか? という問題ですが、持ったんでしょうね。当時芸能人というのは今とは全く異なって却って身分が低かったようですから身売りなどしたやも知れませんし、確固とした基盤を得たかった観世座は可愛い世阿弥君が将軍の目にとまったのをいいことに彼をスケープゴートにして後の「日本国王」たる貴人の保護をもぎとったとしても違和感はありません。ないですよ。全然。ちゃんと調べたら史料が出てくるんでしょうか。

ともかく義満との心身の交流を通して芸術家としての世阿弥が得たものがあったとすればそれは絶大なものであったと思うのです。男色を経たことで世阿弥君は幼い頃から既にA感覚との遭遇を果たしているわけです(A感覚の基本定義については<a href="http://ehirocyanos.hatenablog.com/entry/2017/04/08/100523">こちらの記事</a>を参照してください)。


以前<a href="http://ehirocyanos.hatenablog.com/entry/2017/04/08/144900">別の記事</a>で、物語の中で少年が世界(宇宙)を語る権利を有する理由についてこういったことを書かせていただきました。


仮説①、非実在或いは存在が稀有という意味で架空生物である「少年」、すなわち「観念としてのA=anusを自覚的に開放した少年」とは、開放されたAを入口とする世界=宇宙を内包している(口腔から直腸に至る空洞、即ち消化管の文字が「管」たるゆえんは、A感覚の第一のな性質である)。
仮説②、古来より刹那性の象徴である(『ヴェニスに死す』等)少年は、ソクラテスのエロス論に基づけば、自分に欠乏するもの=永遠性を渇望し、その切ない憧れとしての「永遠性に対する性欲」こそA感覚=原始的性感と言えるので、何よりも根源的存在である。


この辺りのキーワードに能の芸術性に関連するものが多々あるのですが、つまり「宇宙との接続」「永遠性の渇望」「原始的性感」等ですけれども、それぞれ関連を示すと、

「原始的性感」については室町文化全体の美意識の動きと連動したもので、なぜこの時代この美意識が普及したのかという問題についてはまた社会史なども絡めて考えなければなりませんけれども、差し詰め能という一要素においても、原始的=極限まで削ぎ落とした最小限の表現、転じて簡素な様式美への、「わびさび」等に示される猛烈な愛着こそ、まさきにそれの持つA感覚性の象徴と言えます。

「永遠性の渇望」については世阿弥著の芸能理論書『風姿花伝』に語られています。少年の美しさは移ろいやすく、変声期が訪れたり不安定な柳腰になってきたりしてすぐに枯れてしまう、だから能において追究すべき美は見た目の美しさではなく永久不滅の「花」である……というのが概要であったように虚覚えておりますけれども、裏を返せばそこには永遠性を手に入れることができない人間の悲哀のようなものがあって、それがこの芸術の原動力となっているということなのかなと思います。少年の美しさが武器になることをその経験から承知していた世阿弥君はそれが強制的に奪われることの恐ろしさを若い頃から知っていたのでしょう。
しかし義満の保護がその死まで続いたことからも将軍は世阿弥の美しい要望のみならず能という彼の成した芸術自体を愛していたのだと思います。良きホモ。泣ける。

あと「宇宙との接続」ですが、能の前身たる田楽等の庶民芸能の出自は確かに豊饒を祈る神事であったと言われていることから当初より霊的世界との交信の手段ではあった、ということを考慮に入れてもやはり世阿弥の大成した、主に神や精霊や死者が主人公となる夢幻能は彼岸の世界、観念的宇宙の世界と繋がる芸術なのであり、まさに宇宙との接触感覚を意味するA感覚の存在が窺え、これはやはり世阿弥が、幼少期からの特異な境遇の中で得た感覚なのではないでしょうか。

というように今回は世阿弥の美少年nessと、義満×世阿弥の麗しい少年愛と、そこから生まれた(であろう)能という芸術の美への、萌え語りをさせていただいたわけですが、恥ずかしながらeikouが実際に生の能の舞台を見られたことはまだ数えるほどしかありませんので、今後も機会があれば能楽堂へGOしていきたいなと思います。